新型インフルエンザA(H1N1)の患者に対する医療機関における感染症対策

新型インフルエンザA(H1N1)の患者に対する医療機関における感染症対策
      国立感染症研究所 感染症情報センター 2009年5月5日
http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/2009idsc/09idsc1.html

本文書は、現時点で新型インフルエンザA(H1N1)の確定患者、およびそれが疑われる患者などからの医療関連感染(院内感染)をできるだけ防止するための、暫定的な手引きである。今後、知見が積み重なるに従って改訂される可能性がある。

勧告

すべての医療機関において、すべての外来患者に対する何らかのスクリーニングを行う。最近の渡航歴、あるいは発熱や咳などのインフルエンザ様症状を指標とし、医療機関の入り口に近いところでその有無をチェックする。
新型インフルエンザが疑わしい患者(インフルエンザ感染を思わせる症状があり、かつ海外から帰国後10日以内の人)は別室に誘導を開始
ここまでの業務に従事するスタッフは、常時サージカルマスクを着用していることが望ましい。もちろん、すでに判明している他の感染症に対する経路別予防策(接触・飛沫・空気)は継続する。
誘導を開始する時点で、スタッフは接触・飛沫・空気予防策のすべてをとることを開始する。具体的には、ガウンと手袋、ゴーグルまたはフェイスシールド、N95マスクを着用する。患者にはサージカルマスクを着用させる。
別室は陰圧個室であることが望ましいが、外来領域にそのような場所を有している施設は少ないと思われるので、他の患者がいる領域からなるべく離れた個室、屋外の開放空間などを使用する。
以後、患者が検体検査を受け、新型インフルエンザが否定されるまで、接触・飛沫・空気予防策を継続する。新型インフルエンザ感染が確認された場合は、もちろんそれらの経路別予防策を継続する。
患者の入院に用いる病室は、陰圧個室が望ましいが、他の患者と十分な距離を置くことのできる状況では、この限りではない。
標準予防策や手指衛生も忘れずに行う。

以下、上記の勧告に至った理由につき解説する。この解説は、医療関連感染(院内感染)に関する基礎的な用語や知識の解説を省略しているため、用語に関する不明点がある場合は、医療関連感染に関連する成書や文献もあわせてお読み頂きたい。


流行状況や感染経路などに関する現状分析

まず、新型インフルエンザA(H1N1)に関して、現時点で判明している流行状況や感染経路などの現状分析は以下の通りである:

ブタ由来のインフルエンザA(H1N1)が持続的なヒトーヒト感染を起こしており、新型インフルエンザとなっている
WHOはその疫学的状況を鑑みて、新型インフルエンザ警戒フェーズを5に上げた、すなわち大流行が差し迫っているが、まだ大流行にはなっていない
疫学調査は進んでいるが、何世代のヒトーヒト感染が発生したかがわからない。アメリカ合衆国・カナダ・メキシコのように疫学的リンクが切れている(=誰からうつされたかもどこでうつされたかもわからない)症例があると考えられ、蔓延地域と考えられる
本疾患の感染経路が接触・飛沫・空気感染のいずれによるものであるかという点に関する情報はまだ利用可能ではない
潜伏期はおそらく1〜4日、最大8日程度(CDC、WHO)
患者の他人への伝播可能期間は発症の前日から始まり、発症7日後または無症状になるまで、と暫定的に定められている(CDC)
治療に使用されるノイラミニダーゼ阻害薬(オセルタミビル、ザナミビル)が有効と思われる
季節性インフルエンザに対するワクチンは無効と思われる
死亡率は2.4%(1085例中26例が死亡)であるが、26例中25例がメキシコからの報告であり、またアメリカ・NY市の学校では無治療で軽快した者が多くいた(1000人とも言われる)とみられ、実際の重症度や死亡率はもっと低い可能性もある


日本でこれまで想定されていた新型インフルエンザの感染対策

これまで新型インフルエンザを見据えて作成された感染対策の手引き(医療施設等における新型インフルエンザ感染対策ガイドライン(註1)は、鳥インフルエンザA(H5N1)のような死亡率が高い疾患が変異した新型インフルエンザをある程度意識して作成されてきた。今回新型インフルエンザウイルスとなったブタ由来インフルエンザウイルスA(H1N1)は、現時点ではヒトの疾患としての重症度はさほど高くないとみられている。しかし今後、ヒトに対する病原性を増す変異を起こす恐れがないとも言えない。

アメリカCDC、およびWHOの医療機関における感染対策ガイドラインと、その内容


CDCとWHOはそれぞれ、医療機関における感染対策ガイドラインを発表している(註2)。しかし、その内容も刻々と変化しており、流行状況や感染経路に関して得られた知見によって内容を変えてきているものと思われる。そのうちいくつかに絞って両ガイドラインを比較した上で、日本の対策がどうあるべきかを論じる。

【A】症例に対して医療従事者が最初に接する場所での感染対策

来院患者の中に新型インフルエンザ患者が万一居た場合、患者同士が待合室でうつしあったり、医療従事者が患者から伝播を受けたりするなどの事象を防ぐことが大切である。CDCもWHOも、患者同士の間隔を確保する、呼吸器衛生・咳エチケットを実施するなど、来院患者に関して新型インフルエンザを明確に疑う前の予防策を強調している。日本でも季節性インフルエンザの流行シーズンには、外来スタッフがサージカルマスクを着用し、手指衛生を頻回に行うなどの留意を行っているが、それと同様の考え方で、どの患者が新型インフルエンザかは分からない以上、全員(あるいは患者同士)に対して感染伝播のリスクを低下されることが必要であろう。このことはすべての医療機関にあてはまることである。

【B】確定患者に対する経路別予防策

 新型インフルエンザA(H1N1)の感染経路は依然として不明であるが、おそらく飛沫感染が主体であろうと考えられている。従って、患者ケアにあたる医療従事者や見舞いの者は、少なくとも飛沫予防策(=サージカルマスク)は必要である。目の防御は通常飛沫予防策には入れられない。しかし、鳥インフルエンザA(H7)では鳥→ヒト感染の事例においてヒトが結膜から感染したことが示唆されていること、この経路による感染は飛沫感染に分類されることから、新型インフルエンザA(H1N1)に対する飛沫予防策に目の防御を追加するかどうかは議論のあるところである。

WHOは、サージカルマスクと手指衛生を必須の要素としている。目の防御については言及していない。一方CDCは、N95あるいはそれと同等のもの(Powered Air-purifying Respirator, PAPR)、および手袋(未滅菌で可)とガウン、目の防御を推奨している。

言い換えれば、WHOは飛沫予防策のみ、CDCは接触・飛沫(目の防御を含む)・空気予防策のすべてをとることを最低基準としている。WHOのガイドラインは先進国のみならず途上国でも適用可能なものとする必要があるため、このような内容となっていると考えられる。一方、CDCのガイドラインは、アメリカで通常行われている感染対策をベースに策定されたものである。日本での経路別予防策は、まだ国内症例が出ていないこと、これまでもCDCの感染対策ガイドラインを大いに参考にして国内での医療関連感染対策を行っていることを考えると、現時点ではCDCに従うべきであろうと考える。

【C】患者を収容する病室

確定症例を収容する場所として、CDCは当初から一貫して個室を勧告している。しかし、その個室が陰圧であるべきかどうかについては、勧告が変化してきている。当初は「陰圧室を使用しても良い」という表現であったが、現在(2009年4月29日午後9時45分最終更新)では陰圧室の必要性について特記されていない。ただし、エアロゾルを産生する手技を行う際にはできる限り陰圧室で行うべき、とは書かれている。これはおそらく、アメリカでの200名を超える確定患者とその大多数が軽症である現状を鑑みた、現実的な感染対策へのシフトと見るべきであろう。つまり、CDCの勧告する感染対策は完全な空気予防策ではないことがわかる。

一方、WHOのガイドラインは、適切な換気のできる個室に収容を原則とし、個室が利用可能でない場合は他の患者と1m以上間隔を空けるとされている。WHOのガイドラインは先進国のみならず途上国でも適用可能なものとする必要があるためか、陰圧室については全く触れられていない。

日本の医療環境の現状としては、感染症指定医療機関でも陰圧個室のない施設もあることから、陰圧でなければならないとするのは非現実的である。一方で、詳細は不明であるが、ドイツにおいて入院患者同士あるいは患者から医療従事者への感染伝播が見られたという報道もあり、国内発生早期の少数の患者への対応には万全を期す必要があると思われる。



註1 「医療施設等における感染対策ガイドライン
新型インフルエンザ専門家会議、平成19年3月26日)http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/pdf/09-07.pdf

註2

CDC:医療機関におけるブタインフルエンザA(H1N1)感染が確認された患者または疑わしい患者のケアにおける感染制御・暫定的手引きhttp://www.cdc.gov/h1n1flu/guidelines_infection_control.htm

WHO:A(H1N1)ブタインフルエンザの確認されたあるいは疑わしい患者のケアを行う医療施設における感染制御と対策・暫定的手引きhttp://www.who.int/csr/resources/publications/infection_control/en/index.html


(2009/5/5 IDSC 更新)


・・☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆
公衆衛生ネットワーク 公衆衛生ネットワーク危機管理Goods 公衆衛生ネットワークBooks 切明義孝の公衆衛生情報 切明義孝の健康日記 切明義孝ブログ 切明義孝の新型インフルエンザ関連情報 切明義孝の新型インフルエンザ対策マニュアル&グッズ 切明義孝の新型インフルエンザ事業継続計画BCPグッズ 切明義孝のおすすめ書店 切明義孝の本棚 切明義孝の万福ダイエット 切明義孝の禁煙情報 切明義孝の健康寿命の計算 公衆衛生ネットワーク 健康と医学のメーリングリスト 公衆衛生ネットワーク Public Health Network in Japan ,Since 2000
*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆・・